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減圧症ログ 4 * カミングアウト in 伊豆

2007年09月30日 18:00

週末は伊豆に潜りに行くことになっていた。

「減圧症になったので、しばらく潜れなくなった」

という報告をしなくちゃならない


いつも一緒に潜ってくれてるバディ達に。
いつも温かく迎えてくれるショップに。

これから秋を迎え、ダイビングでは一年の中で一番面白い季節がやってくる。
その矢先に、

「潜れなくなった」

という話をしなくてはならない。


まだ治療も終わってない。
減圧症としての結果すら見えてない。
でも、チャンバーに入った以上は、しばらく潜れないのは決まっていること
※チャンバー治療後は、症状が完全に消えてから6ヶ月以上あけて復帰というのが一般的。


その日の潜りはもちろんキャンセルし、夕方から伊豆に向った。
一人、新幹線に揺られながら、

「伊豆に行くこともしばらくなくなるんだろうな~・・・

と思ったら、すごく寂しくなった


「でも、半年。たったの半年!!」

と言い聞かせる。



その夜は、バディ達は八幡野で潜り、そこのショップの皆と飲むことになっていて、姐はショップのログ付け時間に合わせて行った。
その時に一緒に潜るはずだったバディには事前に話をしていたけど、ガイドFちゃんにはまだだった。そのガイドさんは、一緒に潜ったのは2回位しかないのだけど、八幡野で会うといつもくだらない話で盛り上がり、笑顔を見せてくれる姐の大好きなガイドさんの1人。

飲んでいる途中、そのFちゃんが煙草を吸うのに表に出たところを見計らって追いかけていき、

「実はね、減圧症になっちゃって・・・」

と告白。すごく驚きながらも、やっぱり他にもそういう人はいるから、必ず戻っておいでね、と言ってくれる。体調を気遣ってくれる。そして、

「いつでも飲みにおいでね(笑)」

といつもの笑顔を見せてくれた。
すごく嬉しかった。




翌日、いよいよ姐御用達のショップへ。
昼にお店にいることを確認して、“ちょっと話したいことがあって~”と連絡して寄った。

いつものように他愛ない話をして散々笑った後、切り出した。

「EKちゃん、あのね・・・

「ん?どうしたっすか?

「減圧症になっちゃって。医科歯科大行って、チャンバーに入ってきたの

「えぇ!マジで・・・???!!!!

「うん・・・・



「・・・・・」



「・・・・・」



「いや~!よかったっすよ!姐さんが海で大変なことにならなくて!じゃぁ、少しの休憩だぁ。減圧症かも、なんて心配しながら潜るより、いやー、よかったじゃないっすか。僕も安心ですよ~!!

「ほんと?ありがとー潜らなくても遊びに来ていいかなぁ?来るなって言われても来ちゃうけど

「当り前じゃないっすかーっつーか、絶対来るでしょ?(笑)」

「お金払わないけどねーっ(笑)」


嬉しかった。
ほんっとうに、嬉しかった。

ダイビングと伊豆通いが姐のライフワークになっていると言っても過言ではない生活の中で、突然奪われたダイビング。そこはダイビングショップである以上、“ダイビングをしないなら用事のない場所”となっても不思議じゃない。

迷惑な顔ひとつせず、そして、過度に心配するでもなく(すごく心配してくれてるのはわかるけど)、「いつもと変わらずにいてくれること」がその時、どれだけ姐を救ってくれたか。

そういうことをサラリと出来るところが、スーパーガイドなんだろな


伊豆に来てカミングアウトをして、減圧症について色々な話をして、すこし楽になれた
来てよかった。


伊豆からの帰り、毎日が不安との葛藤だった日々で、久しぶりに“楽しかった”という気持ちになれた。
135号線沿いに海を見ながら、また潜れる日が来るのかな・・・と何となく思う。
“絶対に潜れるようになる”という約束は、誰もしてくれない。



次の治療は火曜日。あと一回、医科歯科大行かなくちゃだ・・・。
頑張るしかない。

まだ、時々、関節が痛い・・・・。
少しだけめまいがする時がある・・・。
でも、あと一回で終わるんだ・・・・。


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減圧症ログ 3 * リバウンドじゃない?!

2007年09月25日 10:30

その後もあまり状態は変わらないまま、最初のチャンバーから一週間が経った火曜日、また医科歯科大に行った。10:30の診察予約。

チャンバーに入るかどうかはわからないけれど、最悪の場合を考えて、一応、また本や雑誌、メモを持って行った。

待合室に行くと、前回一緒だった減圧バディが2人いた。

「あれ、○○さんも~?」

とニコやかに声をかけてくれる。

「今日は診察なんですよ~。チャンバーはまだわかんないんですぅ~

なんて一言二言話しているうちに、先生がひょっこり顔を出して、呼ばれた。



「症状が消えないの?

「はい・・・。チャンバーに入る前はなかったんですけど、チャンバーに入ってる時に時々感じた関節の痛みとかが、ずーっと出てるようになってしまって

うーん・・・・。今日は、チャンバー入る気で来たんだよね?」

(そんな気で来るかよっっ)

「え、えぇ、まぁ。会社は休めるようにしてはきました

「じゃぁ、すぐ着替えて、始まるから。チャンバー入りましょう。」



ガーン・・・
そんなあっさり・・・簡単に言わないでぇぇ~っ!!

なんてぐだってる時間もなく、会社に電話をして、さっさと着替えて、トイレに行って、チャンバーの中に持ってはいるものを用意し、チャンバーの中に行くと、“待ってました!!!”とばかりに

「はい、じゃぁ、全員揃ったので始めますね~」

と技師は言い、そそくさとチャンバーから出て行った。




ゴーン・・・ガッシャーン・・・・



心の準備が出来てるような、出来てないような、、、そんな状況のまま始まった。

今回も、「緊張してますぅ」と言ったからか、そそくさと出て行った技師さんがマイクで「○○さん、大丈夫ですかー?」と聞いてくれるので、OKサインを出しながら「大丈夫でーす」と返事。

前回も一緒だった自称チャンバーマスターの彼は、そんな姐を見て笑っている。
彼のその笑顔に、また救われる。


「結局、また入ることになっちゃったんだ」

「そうなのー。●△&”#%$%=・・・ってわけでね


姐もさすがに2度目。
耳抜きも上手に出来たし、酸素にも酔わなくなった。

それでも、時計の針はなかなか進まない。


他愛の無い話をしたり、うとうとしたり、本を読んだり・・・・
ペットボトルのお茶は、あんまり飲むとトイレに行きたくなりそうなので口を潤す程度。グミを持って入ったので、口直しに時々それを食べる。

xx:xx 右の膝が痛い。
xx:xx 右の手首に鈍痛。
xx:xx 膝の痛み、消える。

感じるままにメモを取る。

そんな感じでようやく5時間が過ぎた。一度目よりも早かったように感じた。


5時間、パイプイスに座って、3畳位の部屋でただ言われるがままに酸素を吸っているだけの時間。いくら“普段はゆっくり本も読めないしぃ~”なんて言っていても、嫌だ。
こんな時間、いらないって思う。



そして、診察。

姐がとったメモを見ながら、先生が言った。


「まれにあるんですよね~・・・チャンバー入ることによってによって古い減圧症を呼び起こしちゃうということが。原因はわからないんだけどね。その可能性もありますね」



なんじゃそりゃーっ!!!

先生はカルテを見ながら、しきりに“うーん・・・”という悩ましい顔をしていた。姐が初見のときに提出したログに、以前にも、ほんの数時間だったけど手や皮膚に痺れを感じたことがあるというところに、改めて線を引きながら、

「もしね、もし、この時に減圧症だったとすると、そういう可能性もなくもないんですよね~。うーん、これかなぁ。でも症状は続かなかったって言ってたよね?」

「はい。。。」

「まぁ、また様子を見てみてください。来週、来られますか?」



ということで、この日は、一週間後の予約を入れられた。
この一週間、様子をみておくように言われる



世の中、全てに白黒つくわけじゃないのはわかってる。
でも、チャンバーの治療をして、症状を話し、それでも、

かもしれないかもしれないかもしれないかもしれない・・・と言う。

この不安さ、不愉快さ、釈然としない気分。
あぁ、これが減圧症なんだと思う。



診察が終わって待合室に行くと、自称チャンバーマスターのTくんが、いつになく落ち込んだ表情で座っていた。

「姐さん、時間あります?お茶でもして帰りませんか?」

最初から姐をはげまし続けてくれた彼の誘いを断る理由もない。
近くのカフェに行き、お茶をした。


彼は(確か)8回目位のチャンバー治療中で、その時点で、「復帰は諦めなさい」と、今日、断言されたという。ダイビングを楽しみながら、マリンコンストラクターという仕事がやりたい!と、自分の将来を描き始めたその矢先のことだっただけに、「これからどうしたらいいっすかねぇ・・・」とつぶやく。
そして、明るく「姐さんのいるITってのはどうなんですか?」なんて。

辛かった。
単に“潜れなくなる”というだけじゃ済まない人もいるんだな~と思う。
そういう意味では、他の病気と変わらず、人生を変えてしまうこともある。
その後、彼がどういう道を選んだのか、姐は知らない。




この頃になって初めて、“もしかして、減圧症って結構シンドイ病気なんじゃないか”となんとなく思い始めた姐だった。



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減圧症ログ 2 * 初チャンバー後・・・

2007年09月20日 18:00

チャンバー治療から2日目の木曜日。

気持ちのうえでは、“やることはやったのだ”と先週からモヤモヤと一人悩んでいた気持ちからすれば、すっきりしていた。
あとは、6ヶ月以上ゆっくりと待って、ダイビング復活の日を待つばかりのはず



・・・・・・・が。



関節が痛い。
もともと「減圧症???」と思った指先のチクチク感や皮膚の微妙な違和感は感じないのだけど・・・

肘が痛い。
右手首が痛い。
歩くと両膝に鈍痛を感じる。

シャワーを浴びて髪の毛を振り上げるとき、フラッとしてしまう。
靴を履くのにしゃがんで立ち上がると、一瞬眩暈がする。
そして頭痛。



関節痛。
めまい。
頭痛。
疲労感。



どれも減圧症の症状のひとつと言われていることだ。


先生は、“2~3日のリバウンドが出る人もいる”と言っていたけど、これってリバウンドなのかなぁ・・・・、という不安が心をよぎる。
リバウンドってことは、一時的にそれを超えればおさまっていくものじゃないのか?
おさまる気配どころか、あっちこっちに違和感が増えていく。

気のせい?気にしすぎ??


先生が“週末までは様子見て、もし痛みが続いたら電話して”と言っていたことを思いだす。

明日は仕事の都合で昼間電話をかける時間は無さそうだ。
医科歯科大へ電話出来るのは(先生や技師と話が出来るのは)だいたい17:00頃までだと思うと、今日か月曜日。。。

この気分のまま週末を迎えるのぉ~???


と思うと、いてもたってもいられなくなり、医科歯科大に電話をした。



電話に出た技師に、“先生にリバウンドの可能性を言われたこと”、“明日は電話できそうもないので今日連絡したこと”等を説明すると、あっさりと、電話で状況を聞いても判断出来ないので、また来週火曜日(○○先生の時)に来て下さい、と予約を入れてくれた。

前回の初診の時は8:30だったけど、今回は10:00(だったかな?10:30かな?)。
また、来週病院に行くことになった。

週末に症状がおさまってくるかもしれないけど、それはそれとして・・・
チャンバーの翌日からの体の状況を、毎日、簡単なメモにしておく


そうして、“ここで先生にはもう会いたくないですぅ~”と別れを告げた○○先生に、また会うことになった。



減圧症と診断されチャンバーに入り、消えるはずの症状は消えたけど、なかった症状が現れ・・・・ なんてことを意識する毎日の中で、「ダイビングが出来ない」ということについては、正直、考える余裕がなかった。

代わりに、改めて減圧症関連のホームページを見たり、MLに参加したりして、減圧症の実情や罹患者が抱えている様々な問題を知り、「減圧症の恐ろしさや、減圧症の医療(潜水医学)の実態」を感じていくこととなった。



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減圧症ログ 1-3 * 初診の日

2007年09月18日 20:00

それぞれが検査着から私服に着替え、診察の順番を待つ。
診察が終わり出てくる減圧バディ(←どうよ? 笑)の中では、

「また、明日も来なくちゃだ・・・」

という人が続いた。そして、いよいよ姐の番。
なんせ、所見は“減圧症の疑い”。

疑いは晴れるのかーっっ!!!


そして結論は・・・・



「やっぱり軽い減圧症だったでしょうね」




って、最初と変わんないじゃないのよぉぉぉ~っっ
減圧症だったかもしれないかもしれないかもしれない???


いや、よく考えれば、“かも”が付かないのだから、軽い減圧症だったってことにしよう。
うん、そうしよう
じゃないと、これから潜れない6ヶ月に納得がいかない。
と、自分を納得させる。


チャンバー後の診察では、チャンバーに入っている間にどのような変化が自分の体に起きたかを説明し、出た後の自分の体調がどうであるか、を話する程度。
まぁ、“かもしれない”患者に対しては、最初のチャンバー後にどういった結論を出すのか、が一番の目的なのだから、こんな感じなのかな、と思った。

先生に、

「減圧症だったとして、私の潜り方とかに何か問題があったってことなんでしょうか。本当に思い当たらないというか・・・今までの何年間の中で特別な潜り方をした日だったとは思わないんです。あ、前の日にお酒飲んで潜りましたけど、、、、そ、それもいつものことなんですぅ。。。」

と聞いてみた。すると先生は、

「タンクをしょってダイビングをすること、海の中にいること自体が特別なことだからね。原因がはっきりしている場合もあるし、今回みたいにはっきりしていない場合もよくある。ただ、○○さんの場合は、ずっと潜っていることによって潜在的に窒素が溜り気味になってた、という事は考えられますね。まれに、何かのきっかけで古い減圧症を悪化させることもある。何がきっかけかはわからない
けれど・・・。あ、お酒はあんまり関係ないですよ。潜る直前とかじゃない限り(笑)」


と説明してくれた。

原因がはっきりしないと予防できない、という点では釈然としなけれど、減圧症にはわからないことがいっぱいある、という情報は得ていたので、そういうもんか・・・と思う。前夜のお酒はあんまり関係ないっつーのがせめてもの救いか(笑)


そして先生は、

「・・・と言うことで、○○さんは、今回で終わりでよいでしょう。特に大きな痛みも残っていないようだしね。ただ、2-3日はリバウンドということで時々痛みが出る人もいるので、それは慌てないでいいですよ。もし、週末・・・金曜日位まであまり痛みが出るようだったら、また電話してください。」

と最後の説明をしてくれ、終わった。
姐は、最後に、

「本当にありがとうございました。え~っと・・・もうこの場で先生には会いたくないですけど(笑)」

と言うと、先生も

「はは、そうだね」

と言って笑ってくれた。
潜水医学では有名な○見先生ではなかったけれど、いい先生だった。
いつか一緒に潜ってみたいけど、思い出したくもないような。。。ごめんね、先生(笑)



診察室を出ると、減圧バディの1人が姐に話しかけてきた。

「○○さん、さっきの話だとXXに住んでるんですよね?僕もなんです

「あぁ、そうなんですかぁ!すごい偶然。XXに住んでる人で2人も同じ日にチャンバー?(笑)すごいことですよねぇ~

「ですね~

ということで、これからお互い仕事に戻るのもなんだしってことで、地元XXで減圧トークをしようということになった。バディを増やすきっかけはどこにでもあるものだ(笑)


XXではちょっと有名で週末は並んでいて絶対に入れないお店に行って、中生を即座に発注し「チャンバーに乾杯!!」をした←2人とも懲りてない?(笑)

彼は約1年前に減圧症に罹患。その時も2度チャンバーに入った後、6ヶ月を待って復帰。何本か潜った後に、再発だという。
しかもその再発のポイントが、姐の減圧症のきっかけになったかも、というポイントと同じ。
しかもしかも、同じ週末にそこにいたっつーことがわかった。すごい偶然!!

だけど不思議なもので、お互い減圧症の話が終わったら、やっぱりそこはダイバー、なんでダイビングを始めたか、普段はどこで潜ってるか、等々海話に花が咲いた

気分が滅入る一方だった長~~~~~~い一日。
ともすれば“何でこんなことに???”と考えてしまいそうだった一日。
彼と飲みに行ったことで、少し気が晴れた


(注!)ちなみに・・・・チャンバー治療後にすぐお酒ってあんまりよくないみたいそりゃー、そうだよねぇ、血流良くなれば神経に障る。後から知るところによると、減圧症になった人でその後しばらく禁酒しているって人が沢山いた・・・・
でも、その時は知らなかったし、なんせ、先生の“あんまりお酒は関係ない”だけをしっかり覚えていたもんで~ ま、飲んでしまったものしゃーないけどね。



思いもよらなかった減圧症とその治療。

もう終わったのだ。
後はおとなしく来るべき復活の時を待つのみ・・・
こうなってしまった以上、しょうがない。うん
神様が与えてくれた休息のとき、なのでしょう。


減圧バディと別れ、“すっかりバタバタしていたけど、そうそう、姐幹事の10月連休の初串本、潜れないって皆に言わなくちゃなぁ~・・・”と今後のダイビングが無くなるんだってことを、改めて考えながら帰路についた。



初診の日*おわり


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減圧症ログ 1-2 * 初診の日

2007年09月18日 17:00

地下に戻って、“さぁ、返事をするぞ”なんて覚悟を決め・・・ようと思う間もなく、先生が診察室から顔を出し、姐のことを探していた。

「あ、○○さん!!どうしますか?入りますか?」

「あ、は、はい。入ります・・・

「じゃ、着替えて、最初の説明があるので。時間がないから少し急いでください


“ひぃえ~っ!そんな急なぁ・・・・

なんて思ったけど、既に外待合にいる、今日チャンバーに入るのであろう方々は、着替えて移動を始めている。急がなくちゃ


人間ドックとかの検査着のようなものに着替えて、5時間行けなくなるトイレに行き、チャンバーの副室に呼ばれる。
チャンバーの中がチラリと見えたけど、まずは技師の説明をしっかり聞く。
いよいよだと思うと、ドキドキ・・・


酸素吸入マスクは個別に用意され、ビニールの部分には姐の名前が○○○○様とマジックで書かれていた。後から情報によると、この名前は通常自分で書くらしい。医科歯科大に「マイ酸素吸入マスク」キープだ(いらねって。)

「じゃ、大丈夫ですね?」

「はい・・。でも、ちょっと怖いです。閉じ込められる感じがして、怖いです

と伝えておく。


姐は、閉所恐怖症ではないけれど、状況によって少し不安神経症気味なところがある。走っている地下鉄が止まったり、飛行機のドアが閉まる瞬間、なんとも言えない嫌な気持ちになったりすることがある。嫌な汗が出てきたり。

だから、地形のすごいダイビングでも穴を通る時は、さっさと通り過ぎたいタイプだ。


そんな姐にとって、

「5時間も閉じ込められる」

ということと、

「出たくでもすぐに出られない」

という状況は、考えただけでもどーにかなりそうな嫌な気分だった


そのことを、ダイビングと同じようにガイド代わりの(?)技師に伝えておく。技師は、外のカメラでちゃんと気にしてみてるから気分が悪かったら遠慮なく言ってくださいね、と笑顔を見せた。
少し安心


本屋さんの袋に、本を何冊かと、ノートを持ち込んだ。
ペットボトルの蓋は開けておかなくてはならないと習った。


並べられたパイプイスが5個と、下半身に軽く麻痺がある人のためのソファみたいなイスが1つ。全部で6人(♂4人♀2人)だった。


いよいよ始まる。
さっきの技師が、「では皆さん大丈夫ですね、始めます」と言ってちゃっちゃと事務的な言葉を残し出て行くと、まるで潜水艦のドアが閉まるように(って潜水艦は乗ったことないけどさー)、重いドアがゆっくりと閉まった。


ゴーォー・・・・ン  ガッシャーン


咄嗟に

「やっぱり、止めるぅぅぅ!!!出してぇぇぇぇぇ!!!!!!!

と叫びたくなる。・・・が、我慢。

最初はその気持ちとの戦いだった。
自分がパニックになって叫びだすんじゃないかと、そんな風にも思った。嫌な汗が手のひらにじっとり。

外のマイクから

「では、酸素を吸ってください。加圧していきます」

と放送が入り、とりあえず周りを見ながら同じことをする。

向かいに座った、最初に声をかけてくれた彼が「ニッコリ」と笑ってくれた。
彼は余裕だ。とりあえず、彼と同じように、した。


最初の一時間くらいだろうか、時間が過ぎるのがものすごく遅かった。ずっと恐怖との戦いだった。本のページをめくっても、同じところばかり見てしまう。「大丈夫、大丈夫」と何度も深呼吸をする。
減圧症の症状が出てるとか消えてるとか、それどころじゃない感じ


なんだか気持ち悪い。
自分の頬と酸素マスクの間を少し開ける。これが、酸素中毒というやつだろうか。また口にあててみるけど、息苦しい。思い切って一度外し、少し深呼吸をする。もう一度マスクを着ける。


やがて、体も気持ちも慣れてきて、ようやく気持ち的に落ち着いたかな~・・・という頃、笑顔の彼Tくんが話しかけてきた。

「すごい緊張してるでしょ。初めてなんだよね?俺なんかもう8回目。チャンバーマスターだよ(笑)」

「あはは。ありがとう、少し落ち着いた

なんて言っていると、隣の♂が

「初めてなんですか?」と話しかけてくれた。


やがて、最初のチャンバーマスターTくんを中心にみんなが色々と話だした。


1年前にチャンバーに入り、1年経って再発した♂。
前回入った時には脊髄のMRIまで取り、脊髄が人よりも細いことが判明。自分で、それが理由で減圧症になりやすい体質なんだと思う、と言っていた。それでも、それを理解した上で、もぐり続けたいと言う。

一度減圧症かな?と思い、○○大学に行き、治療はここまでと言われ、治ったような気がして、また潜ってしまい悪化させ、○○大学では診てもらえずに関西からやってきた♂。
彼は、チャンバーに入っている途中で動かなかった指の関節が動くようになったみたい。

ずっと沖縄で潜っていて、子育てと事業のためにダイビングをしばらく中止していて、ようやくまた沖縄で潜れそうだから・・・、とリフレッシュダイブをIOPにしに行って減圧症になってしまった♂。エグジット中から足に力が入らなかったらしい。もう一度、一度だけでいいから沖縄の海で再び潜りたいと言っていた。

ダイビングをレジャーでしつつ、海に橋を作ったりするマリンコンストラクターという仕事に魅力を感じ、“これを自分の職業にしよう!”と思った矢先に減圧症になり、お医者さんにマリンコンストラクターは諦めなさい、といわれてしまった、姐に笑顔で話しかけてくれた♂、Tくん。自分の将来について悩んでいた。

関西でアドバンス講習の途中に、夏休みが取れたからとグアムに行き、帰りの飛行機で異常な頭痛を感じ、すぐに病院にきたという♀。まだ30本くらいらしい。ホテルを取って3日連続でチャンバー治療。


そんな6人だった。
その時の状況も、ダイビングに対する環境も想いも、全く違う6人が、同じ日に、一緒にこんな小さな部屋に閉じ込められているなんて。
今この時間、世間から隔離されて、ニュースの1つもわからない閉ざされた部屋にいる6人。
否が応でも何となく結束力が生まれる。

いや、本当は結束力じゃなくて、「自分だけじゃないんだ」という一人悩んでいた気持ちが少しだけ救われる、、、そんな気持ちだったと思う。



途中、医科歯科大側のちょっとしたハプニングもありつつ、無事、終了。
あの重いドアがゆっくりと開いた瞬間は忘れない。。。


待合室に戻り、順番に着替えを済ませ、先生との診察を待つ。
朝8:30に来たのに、既に17:00を過ぎていた。
病院での一日は、まだ終わらない。



つづく・・・



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