地下に戻って、“さぁ、返事をするぞ”なんて覚悟を決め・・・ようと思う間もなく、先生が診察室から顔を出し、姐のことを探していた。
「あ、○○さん!!どうしますか?入りますか?」
「あ、は、はい。入ります・・・
」
「じゃ、着替えて、最初の説明があるので。時間がないから少し急いでください
」
“ひぃえ〜っ!そんな急なぁ・・・・
”
なんて思ったけど、既に外待合にいる、今日チャンバーに入るのであろう方々は、着替えて移動を始めている。急がなくちゃ
人間ドックとかの検査着のようなものに着替えて、5時間行けなくなるトイレに行き、チャンバーの副室に呼ばれる。
チャンバーの中がチラリと見えたけど、まずは技師の説明をしっかり聞く。
いよいよだと思うと、ドキドキ・・・
酸素吸入マスクは個別に用意され、ビニールの部分には姐の名前が○○○○様とマジックで書かれていた。後から情報によると、この名前は通常自分で書くらしい。医科歯科大に「マイ酸素吸入マスク」キープだ
(いらねって。)
「じゃ、大丈夫ですね?」
「はい・・。でも、ちょっと怖いです。閉じ込められる感じがして、怖いです
」
と伝えておく。
姐は、閉所恐怖症ではないけれど、状況によって少し不安神経症気味なところがある。走っている地下鉄が止まったり、飛行機のドアが閉まる瞬間、なんとも言えない嫌な気持ちになったりすることがある。嫌な汗が出てきたり。
だから、地形のすごいダイビングでも穴を通る時は、さっさと通り過ぎたいタイプだ。
そんな姐にとって、
「5時間も閉じ込められる」
ということと、
「出たくでもすぐに出られない」
という状況は、考えただけでもどーにかなりそうな嫌な気分だった
そのことを、ダイビングと同じようにガイド代わりの(?)技師に伝えておく。技師は、外のカメラでちゃんと気にしてみてるから気分が悪かったら遠慮なく言ってくださいね、と笑顔を見せた。
少し安心
本屋さんの袋に、本を何冊かと、ノートを持ち込んだ。
ペットボトルの蓋は開けておかなくてはならないと習った。
並べられたパイプイスが5個と、下半身に軽く麻痺がある人のためのソファみたいなイスが1つ。全部で6人(♂4人♀2人)だった。
いよいよ始まる。
さっきの技師が、「では皆さん大丈夫ですね、始めます」と言ってちゃっちゃと事務的な言葉を残し出て行くと、まるで潜水艦のドアが閉まるように(って潜水艦は乗ったことないけどさー)、重いドアがゆっくりと閉まった。
ゴーォー・・・・ン ガッシャーン
咄嗟に
「やっぱり、止めるぅぅぅ!!!
出してぇぇぇぇぇ!!!!!!!
」
と叫びたくなる。・・・が、我慢。
最初はその気持ちとの戦いだった。
自分がパニックになって叫びだすんじゃないかと、そんな風にも思った。嫌な汗が手のひらにじっとり。
外のマイクから
「では、酸素を吸ってください。加圧していきます」
と放送が入り、とりあえず周りを見ながら同じことをする。
向かいに座った、最初に声をかけてくれた彼が「ニッコリ
」と笑ってくれた。
彼は余裕だ。とりあえず、彼と同じように、した。
最初の一時間くらいだろうか、時間が過ぎるのがものすごく遅かった。ずっと恐怖との戦いだった。本のページをめくっても、同じところばかり見てしまう。「大丈夫、大丈夫」と何度も深呼吸をする。
減圧症の症状が出てるとか消えてるとか、それどころじゃない感じ
なんだか気持ち悪い。
自分の頬と酸素マスクの間を少し開ける。これが、酸素中毒というやつだろうか。また口にあててみるけど、息苦しい。思い切って一度外し、少し深呼吸をする。もう一度マスクを着ける。
やがて、体も気持ちも慣れてきて、ようやく気持ち的に落ち着いたかな〜・・・という頃、笑顔の彼Tくんが話しかけてきた。
「すごい緊張してるでしょ
。初めてなんだよね?俺なんかもう8回目。チャンバーマスターだよ(笑)」
「あはは。ありがとう、少し落ち着いた
」
なんて言っていると、隣の♂が
「初めてなんですか?」と話しかけてくれた。
やがて、最初のチャンバーマスターTくんを中心にみんなが色々と話だした。
1年前にチャンバーに入り、1年経って再発した♂。
前回入った時には脊髄のMRIまで取り、脊髄が人よりも細いことが判明。自分で、それが理由で減圧症になりやすい体質なんだと思う、と言っていた。それでも、それを理解した上で、もぐり続けたいと言う。
一度減圧症かな?と思い、○○大学に行き、治療はここまでと言われ、治ったような気がして、また潜ってしまい悪化させ、○○大学では診てもらえずに関西からやってきた♂。
彼は、チャンバーに入っている途中で動かなかった指の関節が動くようになったみたい。
ずっと沖縄で潜っていて、子育てと事業のためにダイビングをしばらく中止していて、ようやくまた沖縄で潜れそうだから・・・、とリフレッシュダイブをIOPにしに行って減圧症になってしまった♂。エグジット中から足に力が入らなかったらしい。もう一度、一度だけでいいから沖縄の海で再び潜りたいと言っていた。
ダイビングをレジャーでしつつ、海に橋を作ったりするマリンコンストラクターという仕事に魅力を感じ、“これを自分の職業にしよう!”と思った矢先に減圧症になり、お医者さんにマリンコンストラクターは諦めなさい、といわれてしまった、姐に笑顔で話しかけてくれた♂、Tくん。自分の将来について悩んでいた。
関西でアドバンス講習の途中に、夏休みが取れたからとグアムに行き、帰りの飛行機で異常な頭痛を感じ、すぐに病院にきたという♀。まだ30本くらいらしい。ホテルを取って3日連続でチャンバー治療。
そんな6人だった。
その時の状況も、ダイビングに対する環境も想いも、全く違う6人が、同じ日に、一緒にこんな小さな部屋に閉じ込められているなんて。
今この時間、世間から隔離されて、ニュースの1つもわからない閉ざされた部屋にいる6人。
否が応でも何となく結束力が生まれる。
いや、本当は結束力じゃなくて、「自分だけじゃないんだ」という一人悩んでいた気持ちが少しだけ救われる、、、そんな気持ちだったと思う。
途中、医科歯科大側のちょっとしたハプニングもありつつ、無事、終了。
あの重いドアがゆっくりと開いた瞬間は忘れない。。。
待合室に戻り、順番に着替えを済ませ、先生との診察を待つ。
朝8:30に来たのに、既に17:00を過ぎていた。
病院での一日は、まだ終わらない。
つづく・・・
「あ、○○さん!!どうしますか?入りますか?」
「あ、は、はい。入ります・・・
」
「じゃ、着替えて、最初の説明があるので。時間がないから少し急いでください
」“ひぃえ〜っ!そんな急なぁ・・・・
”なんて思ったけど、既に外待合にいる、今日チャンバーに入るのであろう方々は、着替えて移動を始めている。急がなくちゃ

人間ドックとかの検査着のようなものに着替えて、5時間行けなくなるトイレに行き、チャンバーの副室に呼ばれる。
チャンバーの中がチラリと見えたけど、まずは技師の説明をしっかり聞く。
いよいよだと思うと、ドキドキ・・・
酸素吸入マスクは個別に用意され、ビニールの部分には姐の名前が○○○○様とマジックで書かれていた。後から情報によると、この名前は通常自分で書くらしい。医科歯科大に「マイ酸素吸入マスク」キープだ
(いらねって。)
「じゃ、大丈夫ですね?」
「はい・・。でも、ちょっと怖いです。閉じ込められる感じがして、怖いです
」と伝えておく。
姐は、閉所恐怖症ではないけれど、状況によって少し不安神経症気味なところがある。走っている地下鉄が止まったり、飛行機のドアが閉まる瞬間、なんとも言えない嫌な気持ちになったりすることがある。嫌な汗が出てきたり。
だから、地形のすごいダイビングでも穴を通る時は、さっさと通り過ぎたいタイプだ。
そんな姐にとって、
「5時間も閉じ込められる」
ということと、
「出たくでもすぐに出られない」
という状況は、考えただけでもどーにかなりそうな嫌な気分だった

そのことを、ダイビングと同じようにガイド代わりの(?)技師に伝えておく。技師は、外のカメラでちゃんと気にしてみてるから気分が悪かったら遠慮なく言ってくださいね、と笑顔を見せた。
少し安心

本屋さんの袋に、本を何冊かと、ノートを持ち込んだ。
ペットボトルの蓋は開けておかなくてはならないと習った。
並べられたパイプイスが5個と、下半身に軽く麻痺がある人のためのソファみたいなイスが1つ。全部で6人(♂4人♀2人)だった。
いよいよ始まる。
さっきの技師が、「では皆さん大丈夫ですね、始めます」と言ってちゃっちゃと事務的な言葉を残し出て行くと、まるで潜水艦のドアが閉まるように(って潜水艦は乗ったことないけどさー)、重いドアがゆっくりと閉まった。
ゴーォー・・・・ン ガッシャーン

咄嗟に
「やっぱり、止めるぅぅぅ!!!
出してぇぇぇぇぇ!!!!!!!
」と叫びたくなる。・・・が、我慢。
最初はその気持ちとの戦いだった。
自分がパニックになって叫びだすんじゃないかと、そんな風にも思った。嫌な汗が手のひらにじっとり。
外のマイクから
「では、酸素を吸ってください。加圧していきます」と放送が入り、とりあえず周りを見ながら同じことをする。
向かいに座った、最初に声をかけてくれた彼が「ニッコリ
」と笑ってくれた。彼は余裕だ。とりあえず、彼と同じように、した。
最初の一時間くらいだろうか、時間が過ぎるのがものすごく遅かった。ずっと恐怖との戦いだった。本のページをめくっても、同じところばかり見てしまう。「大丈夫、大丈夫」と何度も深呼吸をする。
減圧症の症状が出てるとか消えてるとか、それどころじゃない感じ

なんだか気持ち悪い。
自分の頬と酸素マスクの間を少し開ける。これが、酸素中毒というやつだろうか。また口にあててみるけど、息苦しい。思い切って一度外し、少し深呼吸をする。もう一度マスクを着ける。
やがて、体も気持ちも慣れてきて、ようやく気持ち的に落ち着いたかな〜・・・という頃、笑顔の彼Tくんが話しかけてきた。
「すごい緊張してるでしょ
。初めてなんだよね?俺なんかもう8回目。チャンバーマスターだよ(笑)」
「あはは。ありがとう、少し落ち着いた
」なんて言っていると、隣の♂が
「初めてなんですか?」と話しかけてくれた。やがて、最初のチャンバーマスターTくんを中心にみんなが色々と話だした。
1年前にチャンバーに入り、1年経って再発した♂。
前回入った時には脊髄のMRIまで取り、脊髄が人よりも細いことが判明。自分で、それが理由で減圧症になりやすい体質なんだと思う、と言っていた。それでも、それを理解した上で、もぐり続けたいと言う。
一度減圧症かな?と思い、○○大学に行き、治療はここまでと言われ、治ったような気がして、また潜ってしまい悪化させ、○○大学では診てもらえずに関西からやってきた♂。
彼は、チャンバーに入っている途中で動かなかった指の関節が動くようになったみたい。
ずっと沖縄で潜っていて、子育てと事業のためにダイビングをしばらく中止していて、ようやくまた沖縄で潜れそうだから・・・、とリフレッシュダイブをIOPにしに行って減圧症になってしまった♂。エグジット中から足に力が入らなかったらしい。もう一度、一度だけでいいから沖縄の海で再び潜りたいと言っていた。
ダイビングをレジャーでしつつ、海に橋を作ったりするマリンコンストラクターという仕事に魅力を感じ、“これを自分の職業にしよう!”と思った矢先に減圧症になり、お医者さんにマリンコンストラクターは諦めなさい、といわれてしまった、姐に笑顔で話しかけてくれた♂、Tくん。自分の将来について悩んでいた。
関西でアドバンス講習の途中に、夏休みが取れたからとグアムに行き、帰りの飛行機で異常な頭痛を感じ、すぐに病院にきたという♀。まだ30本くらいらしい。ホテルを取って3日連続でチャンバー治療。
そんな6人だった。
その時の状況も、ダイビングに対する環境も想いも、全く違う6人が、同じ日に、一緒にこんな小さな部屋に閉じ込められているなんて。
今この時間、世間から隔離されて、ニュースの1つもわからない閉ざされた部屋にいる6人。
否が応でも何となく結束力が生まれる。
いや、本当は結束力じゃなくて、「自分だけじゃないんだ」という一人悩んでいた気持ちが少しだけ救われる、、、そんな気持ちだったと思う。
途中、医科歯科大側のちょっとしたハプニングもありつつ、無事、終了。
あの重いドアがゆっくりと開いた瞬間は忘れない。。。
待合室に戻り、順番に着替えを済ませ、先生との診察を待つ。
朝8:30に来たのに、既に17:00を過ぎていた。
病院での一日は、まだ終わらない。
つづく・・・











ふんふん。
そんでそんで?
早く続き聞かせて!
楽しみにしちゃってる?hotaちゃん(笑)
まぁ、かなーりドラマチックなお話ではあるよねぇ・・・思い出してもそうだもの。
でも、ちょっと尻すぼみ
やっぱり最初の方がドキドキしたよなぁ。
今回こそは、最後まで書き上げるんで(笑)お付き合いよろしくです。