Ocean Line 〜Heartstrings in the ocean〜

ダイビングログを中心に、ダイビングと海と沖縄、そしてSouthernAllStarsをテーマに、姐の心の琴線に触れた出来事を書き綴っていきます






やっぱサビからでしょ〜!!!^_-☆


Since 2005.4.1



姐はチーム・マイナス6%です!


姐に出来ること、ひとつ、ひとつ。
最後の診断で、チャンバー内での様子を説明。
先生は言う。

「じゃぁ、約束どおり、○○さんのチャンバー治療は今日で終わりにしますね。もしかしたら、後遺症という形で残るかもしれないけれど、減圧症そのものとしては軽い方だから、何ヶ月か、かかるかもしれないけど、大丈夫じゃないかな

「はい・・・ あと、復帰ダイビングについて聞きたいんですけど」

「あ、このプログラムは別の先生がやってるんですよね。じゃぁ、資料だけお渡しするので、半年後にもしやるようだったら、また予約してください。」

「はい・・・ あと、復帰するにあたって診断書というのは出してもらえるんでしょうか。この先、“減圧症になったことがある”というのは、ちゃんと説明した方がいいんですよね?そして、治ったっていう証明があった方が・・・」


この質問に対して、先生は興味深い回答をしてくれた。
簡単に言うと、「復帰したダイバーは沢山知っているけど、診断書を求められたことも発行したことも、さほど多くはない。つまり、復帰ダイバーの中で、減圧症であることを隠したまま復帰しているケースが多いという実態がある」ということだった。

例えば、姐が(医科歯科大の復帰プログラムを使用することなく)復帰ダイビングをするとしたら、それを相談できるであろうガイドさんは何人かいる。その彼らが、姐が診断書を提出しないとやってくれないか・・・というと、(聞いてはないけど)やってくれると思う。
でも、そういうガイドさんや行きつけのショップがないバディの場合、“潜りたい”と思ったら、普通のブランクダイバーとしてショップに申し込むしかないのだろう。「減圧症罹患者大歓迎!復帰ダイビング大歓迎!」なんてショップ、見たことないもんな〜・・・・
そして、いきなり普通のダイビングを始めて、再発してしまうケースも少なくないそうだ。

そして、姐自身も考えるのだけど、姐が無事復帰したとする。伊豆では、いつものショップやバディ達と、いわゆる普通のダイビングができるようになったとする。
そして、今まで行ったことのない海に行き、初めてのショップで申込書を書く時、「減圧症の経験あり」と堂々と書いたら、果たして受け入れてもらえるのだろうか?
・・・・なんてなことは、復帰が出来てから考えればいいのは重々承知だけれど、気になるところではある。



さてさて、そんな話をして、他に聞きたいことはないか、と聞かれ、診察は終了した。そして、今後の注意事項(飛行機はすぐ乗るな、症状が消えて半年してからの復帰を薦める等々)を聞き、終わった。

姐は言った。


「先生、出来れば、復帰したいなって思ってるんです また、半年後にお会いしたいと思います!!」

「復帰できるといいですね

とハニかみながら、あまり饒舌ではないその先生は言ってくれた。
その言葉が勇気をくれる。



帰りに一緒になった減圧バディSさんは、一番最初に一緒になって2度目だった。10回位入っているという。IOPのExitで既に下半身の異常を感じていて、かなり重度の減圧症を患った様子だ。一番最初は歩くのもままならず、チャンバーの中では一人パイプ椅子ではなくソファを用意してもらっていた。
そのSさんが歩けるようになり、電車で一緒に帰ってくる途中、言っていた。全ての体の機能が復活しつつあるのだけど、肛門回りの神経が戻ってきていないと。
人間として、治さなくちゃ・・・そのためには何度でもチャンバーに入る・・・・と。
そして、最後に「でも、もう一度だけでいいから、沖縄で潜りたいんだよね・・・。あの海をもう一度、見たい・・・諦められなくて。」と言っていた。諦めないで頑張って欲しいと思った。
その後のSさんの様子はわからない。




全ての治療が終わった。
これから先、薬を飲むでもなく、リハビリをするでもなく、ただ自然治癒を待つだけの病気「減圧症」



朝、目が覚めて思う。

「今日は痛く・・・・ないな

昼にPCの前で思う。

「ちょっと肘が痛いけど、減圧症の後遺症かな

夜、寝る前に思う。

「別に何もしてないのに、今日は疲れてるな。減圧症のせいかな



“減圧症”という言葉が頭から離れなくなる。
全てが減圧症のせいになり、全てが減圧症とは無関係な気がする。
そんな日々の始まりだった。


「とりあえずチャンバー入って6ヶ月我慢すればいーんでしょ?


そういうものじゃないことを、実感した

治療を終えた頃、姐の頭の中からは“ダイビングに、絶対、絶対、復帰したい!!!”という気持ちは消えていた。ううん、正確にはダイビングを復帰するとかしないとか、そういうことは後回しになっていた。


まずは、この不安な日々から解放されることが何よりも先決だと思った。
最後に治療を終えた日、2007年10月2日。
この日を忘れることは出来ない。
約束の火曜日、医科歯科大に行く。
受付を済ませ、地下へ。すっかり慣れたものだ・・・。

この日も、一応、チャンバーに入るつもりで以前から読みたかった本を持って行った。ちなみに、姐はチャンバーで一度もダイビング雑誌を見ていない。
ダイビング雑誌を見ながら、治るか治らないかわからない病気の治療をするのは、あまりにも切なかったので。ダイビング以外のことを考えていたかった・・・(軽く後ろ向き。)


予定時刻に呼ばれる。
姐は、3回とも同じ先生に診てもらった。

減圧症のことを調べれば調べるほど、“はっきりしない情報”が沢山出てくることに姐は驚いていた。正確には、減圧症罹患者それぞれが色々な情報を調べ、その情報を公開しているサイトも沢山ある。が、それらはその罹患者の体験談としてであって、「医学的にこうです」ということは殆どない。
だから、Aさんの症状が出ないからと言って減圧症ではない、ということではないし、逆に言えばAさんの症状と同じだからと言って必ずしも減圧症とも限らない。

そんな中で、知り得たことの中の1つに、減圧症についても“医師によって見解が異なることがある”ということ。例えば、チャンバーに入るべきか否か、とかも含めて。

だから姐は決めていた。緊急を要する場合じゃない限り、最初に見てもらった、この先生に最後まで診てもらおうと
仮に他の先生に診てもらったら違うことを言われるかもしれないけれど、その先生が絶対正しいのか。。。きっと迷うだけ。不安になるだけ。優柔不断な姐は、きっと自分では決められない。

賛否両論あるのはわかっている。
そうやって色々な先生の所見を自分なりに調べたりして、自分の治療に積極的に反映させてもらうような罹患者もいるけれど、姐はそういうタイプじゃない。
この先生と出会ったのだから、そして自分としてはその見解に納得しているのだから、あえて迷うようなことはせずに、先生の指示に従おう、と決めていた。



で、前置きが長くなったけど・・・・

3度目の診察。

「どうですか?」

「あんまり変わりません。時々、膝に鈍痛や、肘、手首に痛みがあります。チャンバーの後数日はめまいがありますが、それはおさまってます。」

「うーん・・・

「手首は右だけで、、、もしかしたら腱鞘炎かな〜と思ったりもするんですが。。。

「どれ?ここ痛い?」

「いいえ。あ、そっちが痛いです

「違うねぇ、腱鞘炎じゃないねぇ。うーん・・・・どうするかなぁ・・・・」

「例の、古い減圧症ですか?

「稀にねぇ、あるんですよねぇ。チャンバー入る?どうしようかなぁ・・・」

「入ると何か悪いことがありますか?」

「たまにね、稀に、原因はわからないんだけど、症状を悪化させる場合があるんだよね。でも、今の新しい減圧症の症状だとしたら有効なんだよね〜・・・」
↑前回も聞いた話。

「じゃぁ、入ります!」

「入る?そう、じゃぁ、そうしましょう。但し、○○さんの場合は、これが最後ね。症状が出ても出なくても、今日を最後にしましょう(きっぱり)」



ということで、入る前から“最後の治療”というお墨付き状態で、チャンバーに入ることとなった。



正直言って・・・・最後のチャンバー内の様子は覚えていないうーむ。
どんなメンバーだったかすら・・・。

ただ、その日、姐は朝から調子が悪く、お腹を壊し気味になっていて生理用ナプキンの特大夜用を準備していたことを覚えてる(恥。)
もしも、もしも、チャンバーの中でお腹がキューンとしてしまっても、すぐにはトイレに行けないのだ。減圧してシャバに出るまで30分かかる。この恐怖
たまたま技師に女性の方がいたので、その話をしておいた。

が、人間って強い(笑)
3度目のチャンバーも、うとうとする余裕もありつつ、無事終了した。

チャンバーで過ごす最後の5時間が終わった。



つづく・・・



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「ようやく終わったね・・・」と安心してくれたら・・・って、まだ続きがあるのよ。(笑)


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週末は伊豆に潜りに行くことになっていた。

「減圧症になったので、しばらく潜れなくなった」

という報告をしなくちゃならない


いつも一緒に潜ってくれてるバディ達に。
いつも温かく迎えてくれるショップに。

これから秋を迎え、ダイビングでは一年の中で一番面白い季節がやってくる。
その矢先に、

「潜れなくなった」

という話をしなくてはならない。


まだ治療も終わってない。
減圧症としての結果すら見えてない。
でも、チャンバーに入った以上は、しばらく潜れないのは決まっていること
※チャンバー治療後は、症状が完全に消えてから6ヶ月以上あけて復帰というのが一般的。


その日の潜りはもちろんキャンセルし、夕方から伊豆に向った。
一人、新幹線に揺られながら、

「伊豆に行くこともしばらくなくなるんだろうな〜・・・

と思ったら、すごく寂しくなった


「でも、半年。たったの半年!!」

と言い聞かせる。



その夜は、バディ達は八幡野で潜り、そこのショップの皆と飲むことになっていて、姐はショップのログ付け時間に合わせて行った。
その時に一緒に潜るはずだったバディには事前に話をしていたけど、ガイドFちゃんにはまだだった。そのガイドさんは、一緒に潜ったのは2回位しかないのだけど、八幡野で会うといつもくだらない話で盛り上がり、笑顔を見せてくれる姐の大好きなガイドさんの1人。

飲んでいる途中、そのFちゃんが煙草を吸うのに表に出たところを見計らって追いかけていき、

「実はね、減圧症になっちゃって・・・」

と告白。すごく驚きながらも、やっぱり他にもそういう人はいるから、必ず戻っておいでね、と言ってくれる。体調を気遣ってくれる。そして、

「いつでも飲みにおいでね(笑)」

といつもの笑顔を見せてくれた。
すごく嬉しかった。




翌日、いよいよ姐御用達のショップへ。
昼にお店にいることを確認して、“ちょっと話したいことがあって〜”と連絡して寄った。

いつものように他愛ない話をして散々笑った後、切り出した。

「EKちゃん、あのね・・・

「ん?どうしたっすか?

「減圧症になっちゃって。医科歯科大行って、チャンバーに入ってきたの

「えぇ!マジで・・・???!!!!

「うん・・・・



「・・・・・」



「・・・・・」



「いや〜!よかったっすよ!姐さんが海で大変なことにならなくて!じゃぁ、少しの休憩だぁ。減圧症かも、なんて心配しながら潜るより、いやー、よかったじゃないっすか。僕も安心ですよ〜!!

「ほんと?ありがとー潜らなくても遊びに来ていいかなぁ?来るなって言われても来ちゃうけど

「当り前じゃないっすかーっつーか、絶対来るでしょ?(笑)」

「お金払わないけどねーっ(笑)」


嬉しかった。
ほんっとうに、嬉しかった。

ダイビングと伊豆通いが姐のライフワークになっていると言っても過言ではない生活の中で、突然奪われたダイビング。そこはダイビングショップである以上、“ダイビングをしないなら用事のない場所”となっても不思議じゃない。

迷惑な顔ひとつせず、そして、過度に心配するでもなく(すごく心配してくれてるのはわかるけど)、「いつもと変わらずにいてくれること」がその時、どれだけ姐を救ってくれたか。

そういうことをサラリと出来るところが、スーパーガイドなんだろな


伊豆に来てカミングアウトをして、減圧症について色々な話をして、すこし楽になれた
来てよかった。


伊豆からの帰り、毎日が不安との葛藤だった日々で、久しぶりに“楽しかった”という気持ちになれた。
135号線沿いに海を見ながら、また潜れる日が来るのかな・・・と何となく思う。
“絶対に潜れるようになる”という約束は、誰もしてくれない。



次の治療は火曜日。あと一回、医科歯科大行かなくちゃだ・・・。
頑張るしかない。

まだ、時々、関節が痛い・・・・。
少しだけめまいがする時がある・・・。
でも、あと一回で終わるんだ・・・・。


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その後もあまり状態は変わらないまま、最初のチャンバーから一週間が経った火曜日、また医科歯科大に行った。10:30の診察予約。

チャンバーに入るかどうかはわからないけれど、最悪の場合を考えて、一応、また本や雑誌、メモを持って行った。

待合室に行くと、前回一緒だった減圧バディが2人いた。

「あれ、○○さんも〜?」

とニコやかに声をかけてくれる。

「今日は診察なんですよ〜。チャンバーはまだわかんないんですぅ〜

なんて一言二言話しているうちに、先生がひょっこり顔を出して、呼ばれた。



「症状が消えないの?

「はい・・・。チャンバーに入る前はなかったんですけど、チャンバーに入ってる時に時々感じた関節の痛みとかが、ずーっと出てるようになってしまって

うーん・・・・。今日は、チャンバー入る気で来たんだよね?」

(そんな気で来るかよっっ)

「え、えぇ、まぁ。会社は休めるようにしてはきました

「じゃぁ、すぐ着替えて、始まるから。チャンバー入りましょう。」



ガーン・・・
そんなあっさり・・・簡単に言わないでぇぇ〜っ!!

なんてぐだってる時間もなく、会社に電話をして、さっさと着替えて、トイレに行って、チャンバーの中に持ってはいるものを用意し、チャンバーの中に行くと、“待ってました!!!”とばかりに

「はい、じゃぁ、全員揃ったので始めますね〜」

と技師は言い、そそくさとチャンバーから出て行った。




ゴーン・・・ガッシャーン・・・・



心の準備が出来てるような、出来てないような、、、そんな状況のまま始まった。

今回も、「緊張してますぅ」と言ったからか、そそくさと出て行った技師さんがマイクで「○○さん、大丈夫ですかー?」と聞いてくれるので、OKサインを出しながら「大丈夫でーす」と返事。

前回も一緒だった自称チャンバーマスターの彼は、そんな姐を見て笑っている。
彼のその笑顔に、また救われる。


「結局、また入ることになっちゃったんだ」

「そうなのー。●△&”#%$%=・・・ってわけでね


姐もさすがに2度目。
耳抜きも上手に出来たし、酸素にも酔わなくなった。

それでも、時計の針はなかなか進まない。


他愛の無い話をしたり、うとうとしたり、本を読んだり・・・・
ペットボトルのお茶は、あんまり飲むとトイレに行きたくなりそうなので口を潤す程度。グミを持って入ったので、口直しに時々それを食べる。

xx:xx 右の膝が痛い。
xx:xx 右の手首に鈍痛。
xx:xx 膝の痛み、消える。

感じるままにメモを取る。

そんな感じでようやく5時間が過ぎた。一度目よりも早かったように感じた。


5時間、パイプイスに座って、3畳位の部屋でただ言われるがままに酸素を吸っているだけの時間。いくら“普段はゆっくり本も読めないしぃ〜”なんて言っていても、嫌だ。
こんな時間、いらないって思う。



そして、診察。

姐がとったメモを見ながら、先生が言った。


「まれにあるんですよね〜・・・チャンバー入ることによってによって古い減圧症を呼び起こしちゃうということが。原因はわからないんだけどね。その可能性もありますね」



なんじゃそりゃーっ!!!

先生はカルテを見ながら、しきりに“うーん・・・”という悩ましい顔をしていた。姐が初見のときに提出したログに、以前にも、ほんの数時間だったけど手や皮膚に痺れを感じたことがあるというところに、改めて線を引きながら、

「もしね、もし、この時に減圧症だったとすると、そういう可能性もなくもないんですよね〜。うーん、これかなぁ。でも症状は続かなかったって言ってたよね?」

「はい。。。」

「まぁ、また様子を見てみてください。来週、来られますか?」



ということで、この日は、一週間後の予約を入れられた。
この一週間、様子をみておくように言われる



世の中、全てに白黒つくわけじゃないのはわかってる。
でも、チャンバーの治療をして、症状を話し、それでも、

かもしれないかもしれないかもしれないかもしれない・・・と言う。

この不安さ、不愉快さ、釈然としない気分。
あぁ、これが減圧症なんだと思う。



診察が終わって待合室に行くと、自称チャンバーマスターのTくんが、いつになく落ち込んだ表情で座っていた。

「姐さん、時間あります?お茶でもして帰りませんか?」

最初から姐をはげまし続けてくれた彼の誘いを断る理由もない。
近くのカフェに行き、お茶をした。


彼は(確か)8回目位のチャンバー治療中で、その時点で、「復帰は諦めなさい」と、今日、断言されたという。ダイビングを楽しみながら、マリンコンストラクターという仕事がやりたい!と、自分の将来を描き始めたその矢先のことだっただけに、「これからどうしたらいいっすかねぇ・・・」とつぶやく。
そして、明るく「姐さんのいるITってのはどうなんですか?」なんて。

辛かった。
単に“潜れなくなる”というだけじゃ済まない人もいるんだな〜と思う。
そういう意味では、他の病気と変わらず、人生を変えてしまうこともある。
その後、彼がどういう道を選んだのか、姐は知らない。




この頃になって初めて、“もしかして、減圧症って結構シンドイ病気なんじゃないか”となんとなく思い始めた姐だった。



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「えぇ〜っ!!まだ続くんだ・・・」と心配してくれたら・・・
はげましてぇ〜!!(笑)

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チャンバー治療から2日目の木曜日。

気持ちのうえでは、“やることはやったのだ”と先週からモヤモヤと一人悩んでいた気持ちからすれば、すっきりしていた。
あとは、6ヶ月以上ゆっくりと待って、ダイビング復活の日を待つばかりのはず



・・・・・・・が。



関節が痛い。
もともと「減圧症???」と思った指先のチクチク感や皮膚の微妙な違和感は感じないのだけど・・・

肘が痛い。
右手首が痛い。
歩くと両膝に鈍痛を感じる。

シャワーを浴びて髪の毛を振り上げるとき、フラッとしてしまう。
靴を履くのにしゃがんで立ち上がると、一瞬眩暈がする。
そして頭痛。



関節痛。
めまい。
頭痛。
疲労感。



どれも減圧症の症状のひとつと言われていることだ。


先生は、“2〜3日のリバウンドが出る人もいる”と言っていたけど、これってリバウンドなのかなぁ・・・・、という不安が心をよぎる。
リバウンドってことは、一時的にそれを超えればおさまっていくものじゃないのか?
おさまる気配どころか、あっちこっちに違和感が増えていく。

気のせい?気にしすぎ??


先生が“週末までは様子見て、もし痛みが続いたら電話して”と言っていたことを思いだす。

明日は仕事の都合で昼間電話をかける時間は無さそうだ。
医科歯科大へ電話出来るのは(先生や技師と話が出来るのは)だいたい17:00頃までだと思うと、今日か月曜日。。。

この気分のまま週末を迎えるのぉ〜???


と思うと、いてもたってもいられなくなり、医科歯科大に電話をした。



電話に出た技師に、“先生にリバウンドの可能性を言われたこと”、“明日は電話できそうもないので今日連絡したこと”等を説明すると、あっさりと、電話で状況を聞いても判断出来ないので、また来週火曜日(○○先生の時)に来て下さい、と予約を入れてくれた。

前回の初診の時は8:30だったけど、今回は10:00(だったかな?10:30かな?)。
また、来週病院に行くことになった。

週末に症状がおさまってくるかもしれないけど、それはそれとして・・・
チャンバーの翌日からの体の状況を、毎日、簡単なメモにしておく


そうして、“ここで先生にはもう会いたくないですぅ〜”と別れを告げた○○先生に、また会うことになった。



減圧症と診断されチャンバーに入り、消えるはずの症状は消えたけど、なかった症状が現れ・・・・ なんてことを意識する毎日の中で、「ダイビングが出来ない」ということについては、正直、考える余裕がなかった。

代わりに、改めて減圧症関連のホームページを見たり、MLに参加したりして、減圧症の実情や罹患者が抱えている様々な問題を知り、「減圧症の恐ろしさや、減圧症の医療(潜水医学)の実態」を感じていくこととなった。



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「おぉ〜!!終わってなかったのね」と心配してくれたら・・・
はげましてぇ〜!!(笑)

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