Ocean Line 〜Heartstrings in the ocean〜

ダイビングログを中心に、ダイビングと海と沖縄、そしてSouthernAllStarsをテーマに、姐の心の琴線に触れた出来事を書き綴っていきます






やっぱサビからでしょ〜!!!^_-☆


Since 2005.4.1



姐はチーム・マイナス6%です!


姐に出来ること、ひとつ、ひとつ。
初めてダイビングをした頃は、もちろん今と違って“水中カメラ”しかも“デジタル”なんて持っている一般人は、よーっぽどの凝り性かお金持ちって時代だった・・・

って、このフレーズを書くだけで、自分的にも“時代の流れ”を感じてしまう。
ま、なんせ、1994年ですからーっ



姐と水中カメラ、水中写真のスタンスは、その頃からあまり変わらないと思う。
未だかつてカメラに凝ったことは一度もないし、今も自分が生物を覚えたいがための「ログ目的」であり、「ブログ目的」以上でもなく、以下でもない。もちろん、たまにすごく自分なりに上手に撮れて嬉しいこともあるけれど、一箇所に3分?5分?以上留まって、納得がいくまで頑張るタイプではないのだ(出来ない性格・・・とも言う 笑)

正確には、頑張ってみた頃もあったけど、結局、3分も5分もじーっとしてる間に何かとおったらどうしよう?!と落ち着いていられないのは、水中でも同じで、それより何より、“自分の眼”で見ていたい。ファインダーをとおして見ていることを、“もったいない”と思ってしまう。


そんなレベルな姐だけど、カメラはずっと持っていた。。。。一応(笑)


最初は、知る人ぞ知る「潜ルンです」(懐。)ちょっと違うけど、こんな感じ
今のダイバー(?)は知ってるのかなぁ。あの使い捨てカメラの「写ルンです」を“ハウジング”(と呼んでいいのか??)に入れて撮るっつーすぐれもの。
上部にオレンジのファインダー風な□が付いていて、それが無くなってそれだけ取り寄せたこともあるような。

もちろん、ダイビングが下手なんだから、写真が、しかもそんなオモチャで撮ったものが上手く取れるはずもない
しかも「これ付けたら海の中でも取れるらしいよー」位のノリで買い、年に10本のダイバーにとっては、水中カメラなんてお金のかけどころリストに・←これっぽっちも入ってないし。
中に入れてる「写ルンです」には、水中より陸上の写真の方が多かったりして(笑)



次は、SEA&SEAのMX-5!!35mmフィルムだけど、ちょっと豪華になった(笑)
ダイビングが上手になりたくて、カメラなんてどうでもよかったのだけど、憧れのパラオに行くというのでヤフオクで買ったんだな。確か・・・7,000円とかそんな値段で。そして憧れのパラオで、「青い青い・・・どこまでも青い写真」を何百枚も撮ったっけ(笑)

この頃からダイビングが面白くなって
「うーっすらと生物らしきものが写ってる写真」と「自分のキオク」を駆使して、生物を覚えていく楽しさを知ったのもこの頃



そして、いよいよ、姐的コンデジ時代突入!2002年のこと。
最初はIXY DIGITALで、確か200万画素で5万円台くらいしたものをプレゼントでもらった
ハウジングは自分で買ったんだったかなぁ・・・←覚えてない。。。
姐にとっても初めてのデジカメで、すごーい嬉しかったのと、撮りまくったのを覚えてる。だってだって、何枚も撮れるってすごーい!!みたいな(笑)

が、残念ながらそのIXYは、3年位・・・250本程度潜ったら動かなくなってしまった当然、直すより買い換えた方が安いっていう時代に突入していた。とは言え、そんなこんなでカメラに熱い執着があったわけでもない姐は、そのまま“何買おっかなー・・・”と思いながら、1年位、カメラを持たないダイバーになった



そして、次のきっかけが、またパラオ。
2005年にパラオに行くこととなり、「パラオに行くならデジカメ買うべきよね〜!!」ってなもんで、仲良しガイドさんに電話して

「今ってデジカメ買うなら、なぁに?」
「いやー、最近オリンパスから出たばっかりの、2.5inchモニター付きのμ-40がお奨めですよぉ!姐さんみたいなダイバーにお奨めだなぁ〜
「そうなんだー、ありがとーっ。いくらで買えるぅ?」

・・・と聞いておきながら、結局は価格.comに出ていた一番安かったところであっさり購入(いつもメンゴ 笑)。確か、パラオの2日前のこと。
どうせ悩んだってわからないし、値段も購入範囲だし、スーパーガイドが姐向きだと薦めるんだから、きっとそうなんでしょ。その当時は、“ダイバー用水中カメラはオリンパスよね!”という憧れもあった

ふふ。
どこまでもカメラに関してはお気楽だなぁ、こう書いてみても(笑)



そしていよいよ!
そのμ-40の“ハウジング”が壊れた。正確には、壊れたっていうより、クローズアップレンズが取れなくなっちゃって、「マクロ専用カメラ」になっちゃった(笑)
いやいや、もっと正確には、クローズアップレンズを外そうとすると全部取れてツルンとなっちゃう!超ワイド?(笑)

カメラそのものは全く壊れていない。
でも、メニューの部分はマークが剥げ落ちていて、どこが再生でどこが静止画かわからなくなってて、モニターを見なくちゃわからないとは言え、もう馴染みすぎてるカメラだから、自分ではわかるのだけどね!

よく使ったよなぁ・・・充分だと思う。
このOceanLineを開設してからの写真はほぼμ-40だし、「ログ目的」以外に「ブログに載せる」という新たな目的も出来たせいか、カメラも水中撮影も、楽しくなった



そんなこんなで、“次のカメラはどーすっか”というわけで。
例によって技術も知識も相変わらずお気楽なまま、次のカメラを決めていた

オリンパス μ-1030SW  耐水なんと水深10m!!」

10mまでハウジングなしで潜れるっすよっ!
スノーケルにはもってこいじゃーん!!お手軽、お手軽!!

と思っていた。
大島でスノーケルガイドをしてた時、ゲストが使っていて、姐、超びっくり
見ていて怖かったなぁ〜(笑)

でも、(あれこれ見るのも面倒なので 笑)、これにしよ♪と何となく思っていて、後は購入先の価格調査だな・・・と思っていた時、西伊豆に行ったのが運のつき。

そこで、仲良しのガイドさんと久しぶりに会い、ひょんなことからカメラの話をしていたのだけど・・・彼が言う。

「姐さぁん、あれだけは止めたほうがいいっ!この夏、何人も持ってきて見てるけど、やめなさい。あれは姐さん向きじゃない(キッパリ)

・・・そ、そ、そこまできっぱりですか(笑)
でも、実は姐の心の奥底にこんな気持ちもあったりして。

オリンパスってちょっとダイバーの中では猫も杓子も・・で、つまんないなぁ・・・と。
もちろんそうじゃない人もいるのを重々承知で書くけれど、今やデジカメは最初に買う器材、みたいな時代になっていて、そんな中では、いわゆる「やり始めた初心者さんがダイビングショップに薦められて買って、最新式持ってます」みたいな超メジャー感があんまり格好よくないな、と思っていたのである。なんてーの?いわゆる、大衆的な感じがするっていうか。
自分の中でのプチ葛藤だった。

んでもって、「耐水10mに食いつく自分って、もうダイビングやめるのか?」という自問自答もあったりして(笑)

かと言って、他のやつがどうなの?って調べるのも面倒だしなぁ・・・なんて。


話戻ってそのガイドさんが言った“姐さん向きじゃない!”とは、つまり「ログ目的」で「ブログ目的」だから、

「難しいことはよくわかんないし、すごい凝った写真は撮れなくていいんだけど、簡単にそれっぽい写真が撮れると助かっちゃうのよね〜♪だから、手振れ防止が付いててぇ、露出だのナンだのかんだのいじらなくてもよくてぇ、出来ればレンズとか付け替えるの面倒だからぁ、マクロもワイドもそれなりでぇ〜・・・」

とこだわらない割には注文の多い姐向きではない、ということらしい。
というより、正確には「そういうカメラがよいなら、μ-1030SWじゃなくてももっといいのがあるよ」というハナシで、とあるカメラを薦めてくれました



そして翌週末、あっさりと、それをヨドバシカメラで買いました
ポイント利用で、ハウジングはもちろん、なんと8GのSDカードもつけて(何枚撮るんじゃ!!!?)、5万円内。

FUJIFILM FinePix F100sd そんな姐でも綺麗に撮れる!(笑)」


うひょひょー
まだ使っていないのだけど、楽しみ、楽しみ。

雲見のガイドさんにも、報告したけど、そりゃびっくり。そこまで、自分の話ですぱっと決めるとは思っていなかったのでしょうね〜(笑)

人も物も、運と縁でございます

結果的に、色んなカメラを使ってみちゃってるような姐だけど、カメラがいいとか悪いとかではなくて(っつーか、たいしてわからない)、“そのカメラを使っていた頃”のダイビングを降り返るのが楽しいっす


おニューのカメラは、今週末の八丈で○おろし
さて、どんな写真が“こんな姐でも”撮れるでしょうかーっ?!お楽しみにっ


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(思った時だけでいいです、ほんとっ! 弱気。)

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OceanLinerの皆さん、夏を満喫してますかーっ??
姐も、満喫してまする
ブーツとシーガルでスノーケルをしていたら、ブーツ焼けが出来ました。。。
脱いでも脱いでも、レギンス(スパッツ)はいてる、、、みたいな。

ウケるー(笑)

“減圧症ログ” 最終回書き終わりました。
ログとしては、一応、これで終わりです。減圧症のことをひとつひとつ思い出すことは、楽しいことじゃなかったけど、間もなく一年が経とうとする今だからこそ、書いておかないと先に進めない気がしました。

ダイビングをお休みしている間には、環境について考えてみたり、スノーケルを始めたりと、スタートするには気持ちの上でも時間がかかったけれど、今は減圧症のことも姐の人生において「必然」だったのかな、と思えるようになっています。沢山の人に助けられました。

そんな話も少しずつ、書いていこうかな、と思ってますおつきあいください。

ではでは。


※過去の分の更新情報を“ここ(INFORMATION)”に記載していってます。追いつくまで・・・

=====
08/13
2007/10/02 「減圧症ログ 5-2 * 最後の治療」 Upしました

08/06
2007/10/02 「減圧症ログ 5-1 * 最後の治療」 Upしました

07/22
2007/09/30 「減圧症ログ 4 * カミングアウト in 伊豆 」 Upしました

07/14
2007/09/25 「減圧症ログ 3 * リバウンドじゃない?! 」 Upしました

07/04
2007/09/20 「減圧症ログ 2 * 初チャンバーの後・・・」 Upしました

07/01
2007/09/18 「減圧症ログ 1-3 * 初診の日」 Upしました

06/25
2007/09/18 「減圧症ログ 1-2 * 初診の日」 Upしました

06/06
2007/09/18 「減圧症ログ 1-1 * 初診の日」 Upしました

05/29
2007/09/17 「減圧症ログ * プロローグ4」 Upしました

05/29
2007/09/14 「減圧症ログ * プロローグ 3」 Upしました

05/29
2007/09/13 「減圧症ログ * プロローグ 2」 Upしました

05/29
2007/09/12 「減圧症ログ * プロローグ 1」 Upしました
Diving*ダイビング | コメント(-) | トラックバック(-) | 2008/08/13(水) 18:30:43
「姐〜っ、今年の雪山はどうなったぁ〜??


なーんて話が出たのは1月も半ばを過ぎてだった。

今年で第回といつの間にやら恒例の、“ダイバーで行く、潜らない(当り前?!)雪山ツアー”の話は、毎年秋を過ぎると出てくるのだけど、今年も去年同様北海道を狙いつつ、年明け早々悲しい“お別れ”があったりしているうちに、1月も後半になってた

「そうなのよぉ〜。北海道狙ってたんだけど、そんなこんなでどうしよっかー
「まずはどこにするかだよねぇ〜」
「バディHMがいる長野ってのはどう??


むふふ・・・それ、いいかも!
いたいた、長野“ふんだり”から八丈島改め大島ツアーにやってきた妹族HM

(イメージ)
IMG_0002.jpg

↑この手前の、ひとり脳天気なのがザ☆妹族・・・


恒例メンバー、ざっと15人位に「今年は長野だよ〜!」とメールすると集まったメンバー、一般参加も含めて(笑)8人あらため7人
そして現地でバディHMと合流。そのお友達、ある意味勇気あるノンダイバー、KNちゃんは初対面とは思えぬうちとけっぷりで、総勢9人の豪華、且つにぎやかお気楽メンバーに決定!!



待ち合わせは東京駅

バディHKちゃんは早くに着いていたのに、何故か一人集合場所へ迷っていた・・
バディTGは早く着いていて、皆に驚かれていた(笑)

一般参加のバディHaさんに、初対面のバディNNちゃんとYEちゃんをご紹介。
そこにいた全員が、NNちゃんとYEちゃんとは間違いなく潜るより飲んでるが回数が多いというバディ関係。いいのか?

家長Suさんと姐は、これこそ本当の“信州の温泉に向う定年後の老夫婦”な風情。ほっとけっ(笑)



席順は、お約束のくじ引きで
爆睡の2人、おしゃべりに花咲く初対面の、そして“またこのメンツ〜”な感じがしなくもなくもなくもないで過ごす約1時間半は、あっと言う間。
上田あたりまでは遠くの山に白い雪が見える程度で、“あんまり雪山な感じがしなーい”等とほざいていた都会人の我ら。が、地元が長野のバディHKちゃんは言った。


「この先がハンパじゃないから。覚悟してた方がいいよ



・・・・そのとおりでした

上田から長野の間のトンネルを抜けると・・・降ってるではないの、大雪っ!
げーっ、寒そう!!!


常夏の海を求めて世界を股にかける我らダイバー(大げさ。)、そう、雪には弱いのである。。。(多分。)


「どうする〜?」

「どうしようか〜」

「まずは長野まで行って考えようよぉ。長野まで。一歩っつ、一歩っつ!」


そう、この一歩っつ方式はあの八丈→大島ツアーでの教訓である


そんなこんなで長野駅に到着
バディHMとノンバディ(合ってる?)KNちゃんと合流!

雪が舞い散る長野駅からは路線バスで、いざ、白馬五竜へ!!

バス停での会話・・・

「乗るぅ?バス・・・」

「まぁ、ここまで来たしねぇ〜・・・

「とりあえず、スキー場まで行って考えようよ。一歩っつ、一歩っつ!


家長Suさんは言う。

「いや〜、やりますよ。ここまで来たんだからっ!!何しに来たの!!?


・・・・頼もしい限りだ(笑)



路線バスを降りると・・・・そこには更に雪山ツアーらしい光景が広がっていた!!
だから、さ、寒いってっ
P3010162.jpg



「帰りのバスの時間はぁ・・・」

「今、11:30でしょー。帰りのバスは13:30??(笑)」

「とりあえず、来たってことで・・・」


誰かがが「やめる?」と言いそうで言わない雰囲気が楽しい(笑)

だけど、何だか“雪”ってはしゃいでしまうのよね〜、大人なのに
“寒いぃ〜”とか“何これ〜っ”とか“NNちゃーん”とか言いながらも、みんな何気に楽しそう(笑)



そして、白馬五竜ゲレンデについて、まず着替えるより何より我らがしたこと


P3010140.jpg



・・・・・一歩っつ、一歩っつ!まずは、乾杯ですよ、乾杯



ガソリン入れないとね〜、大人は動かないからね〜、燃費悪いけどね〜(笑)

この時、既に1:00過ぎ


「で、どうする〜??


まだ言うかーっ!!!(笑)


ってことで、いさぎよく、(ようやく)、着替えて〜、レンタル借りて〜、リフト券(もちろん皆で回数券分ける方式)買って〜。

まずは一番長いゴンドラに乗ってみよう、ということで、去年骨折したので今回は陸番担当のバディHKちゃんを残し、、、

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バディHKちゃん・・・?あらら、こんな姿に(笑)


いざ雪山へ〜!!(この時既に
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お待たせしましたっ!いつものように前置きが長いっ(笑)
さぁ、いよいよ、本番・雪山ログの始まりですぅ〜っっ


P3010151.jpg

バディ改め「スキーヤーYEちゃん&KEちゃん&妹HM」

P3010152.jpg

バディ改め「スキーヤー妹HM&Haさん(自前モザイク)」

P3010153.jpg

バディ改め「ボーダーSuさん&姐&NNちゃん」

P3010154.jpg

と、「ボーダーTG」


さぁ、雪山へ〜!




「ひやっほぉ〜っっ!


「すごーい、雪質最高〜っ!!


「超、気持ちいいぃ〜っ!!!」←(裸?)



・・・滑り始めればこんな感じ やっぱり楽しいよねぇ、雪山っ


が、そんなこと言ってたのも束の間。


「アシ、痛いぃ〜っ!

「あは、あはは!膝笑ってるぅ〜っっ!!

「もう、む、無理っす〜っっ、腿がぁぁぁぁ〜っっっ!!!


ダイバーたるもの夏が主役。やっぱり冬は苦手!?(笑)
単なる運動不足か、軽いメタボの集団かふっ
P3010155.jpg




そして、終了。


そう、終了です。


雪山ログ、終わり。




・・・・1本




えぇ、長野くんだりまで来て、1本ですけど、何か?

なんてセレブなの〜っ、私たちってぇぇぇぇ!!!!
(いいのか?


回数券が残っていたので、何人かは短い1本に。
姐は見事に1本で終了


長野駅からスキー場までの往復&レンタルあれやこれやで計算すると・・・


約6,300円/1本。



それでも、



「ぎりぎり伊豆のビーチ1本より安いね〜っっっ



と言って満足してるからダイバーって恐ろしい(笑)


誰もが「史上最短&最高額雪山リゾート」を満喫し、17:00のバスで下山。
雪山そのものへの滞在時間は2時間と言ったところか?!


ホテルにチェックインして、お風呂セットもって市内からちょっと行った裾花峡温泉の「元湯うるおい館」で冷えた身体を温めて〜・・・


いざ、本番へっ!(そっちかーっっ!!! 笑)
P3010165.jpg




つづく・・・



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あっと言う間の出来事だった。
人の命はこんなに簡単に奪われるものなのかと、愕然とした。
でも、本当は簡単にではなく、彼はずっと闘っていたんだ、あの日まで生きるために。




約1年半ぶりに病室で会ったダイバーの彼は、別人のようだった。
小麦色に焼けて鍛えていた逞しい腕も、ちょっと茶髪に染まった清潔にカットされている髪の毛も、そこには無かった。眼をそらしちゃいけない、と思いながら正視できるようになるまでに少しだけ時間がかかった。
それでも、変わらないもの。
それは彼の眼差しと、温かい手のぬくもりだった。
彼の眼を見ながら話をしているうちに、楽しかった日々が思い出され、いつの間にか目の前の人は、変わらぬ彼のように映った。
帰り際に枕元に近づいて手を握ると、彼は姐の手をぎゅっと握ったまま、その病室にいた皆に語りかけていた。
姐は泣かないで、彼の眼を見てうなづくことに精一杯だった。
その夜、一緒にお見舞いに行った人達と泣いたり笑ったりしながらお酒に溺れた。


その翌日、もう一度、病室で彼に会った。
「もう泣かない」と決めていた。病室に入ると彼はちょっと驚きながら、姐と一緒にお見舞いに行った人達を見ると相好をくずした。嬉しそうだった。
そんな彼の枕元で、「今日はまた別の人を連れてきたよ。調子はどう?」と聞くと、姐にだけ聞こえる声で「ん・・・あと2-3日ってとこだろうな」と呟いた。
この日の彼は、よくしゃべった。ダイビングと海の話をいっぱい。姐の人生についてちょこっと。会えない間、心配してくれていたんだろうなって思う。
姐は「今、xxちゃんとか、xxさんとか、xx君とかに連絡取ってるから。みんな来るから、まだ元気でいて。」と言い、「こんな時まで名幹事でしょ?」と言うと、彼は嬉しそうに「おぉ、そうだな」と言って笑った。
いっぱいしゃべった彼がちょっとうとうとし始め、眠そうになった頃、帰ることにした。帰り際、皆の最後に病室を出た姐は、もう一度振り返り彼の顔を見た。眠いと言ったはずの彼は、窓の外をじっと眺めていた。3歩位近寄って「また来るね」と言うと、顔を半分だけ振り返り手を上下に振ってにっこりと笑った。
姐からは顔の右半分、笑った目じりの皺が見えた。


それが生きている彼に会った最後になった。



その日からちょうど2-3日、彼は息を引き取った。もう一度お見舞いに行こうと思っていたその日だった。会えなかった。



それから。

ご遺族の「ダイビングのお友達で賑やかに見送ってあげてください」というお言葉を受け、姐は彼のための最後の幹事に忙しくなった。
思いつく限りのバディ達に連絡を取った。そう難しくはなかった。連絡はすぐに広まり、葬儀関連の参列者連絡はすぐに姐のところに集まってきた。

彼が元気だった頃、姐は沢山海に連れて行ってもらった。皆が集まるところに連れて行ってもらった。彼の話を沢山聞いた。仕事のこと、友達のこと、ダイビングのこと。
ハワイにも連絡を取った。会ったことも話したこともない人だったけど、彼にとって大切な人だということを知っていた。その人はすぐに弔文を送ってきた。
これが彼のために出来る最後の恩返しだと思って、出来る限りの術を尽くした。

「泣かないでください」という奥様の言葉を守ろうと、ともすれば出そうな涙を止めてきた。斎場に彼の写真を皆で飾り、懐かしい話をして、笑っていた。お通夜、告別式の受付もしっかりやった。

お通夜の後、ダイバーみんなで「偲ぶ会」をやった。姐は「今日は泣かないでください。泣いたら1000円罰金よ〜!」と言い、みんなも頑張った。懐かしい写真を持ちより、まるで同窓会のようだった。彼が懐かしい面々をこうして引き合わせてくれた、と皆が思っているようだった。

そして、彼が最後まで心配して気にかけていたこと。
その事が解決した。何度もその話を聞いていた姐は、その瞬間、涙が出た。嬉しかったのと、その様子を彼に見せることが出来なかった悔しさ。誰もが心配していたけれど何も出来なかったこと。結局は彼がなし得たんだという事実。彼の偉大さは計り知れない。


彼の旅立ちを見送るまで、泣かずにいようと思っていた姐。

だけど。

納棺で彼にお花を飾る時。皆で書いた色紙を入れる時。2人で潜っている写真を棺に納める時。
その時初めて見た彼と、冷たくなった頬に手を触れた時、もうだめだった。
「イヤだ、イヤだ・・・」と言って号泣した。何が何だかわからなくなった。立っていられなくなって、一緒にいてくれた人の腕につかまった。ただただ「イヤだ・・・」と言って泣く姐の肩を優しく撫でてくれた。姐は取り乱していた。

その時、奥様が近寄ってきて「泣いたらだめ!泣かないで・・・」と、姐は叱られた。
その一言で姐は自分を取り戻した。そう、泣かないって決めたんだ。
彼が「こういう時、姐は結構ダメだからなぁ〜」と言って笑ってる気がした。


火葬場に行き、骨上げにも15名程のダイバーが参列した。
姿が消えてしまった彼の骨を拾った。不思議な感じがした。


全て終わり骨壷を持った奥様がご挨拶をされた。
力が抜けた。もう、彼のために出来ることは何もないのだ、と実感した。
少しだけ、涙が出た。






ちょうど2週間前の夜、彼からのちょっぴり弱気なメールに、姐が送ったいつもの口調の「らしくないぞ!」的なメールに、彼からの返信は「ありがとう」だった。
そのメールを受け取った時、「そうだ、彼の着メロは、彼が好きだったTSUNAMIにしておこ♪」と設定をした。

結局、その着メロが二度と鳴ることはないまま、彼は逝ってしまった。



姐のダイビング人生はこの人との出会いで始まったんだ。
彼と出会えなければ今の姐はない。断言。






週が明け、容赦なく日常は戻ってくる。
いつもの時間に起きて、出社の準備。
休み続きで溜まったメール、チェックしなくちゃならない資料・・・

会社に来ると、机の上にスヌーピーの「JOE COOL」人形。
サングラスを小生意気にかけたその姿が、彼に似ていると何かのお礼にプレゼントしたその人形。彼にあげたそれは、どこにあるんだろう。

でも、彼はいないんだ。



さようなら、おヒゲのバディ

私たち、自他共に認める“名コンビ”だったよね。
姐は心から“アナタは不死身だ”って信じてたよ・・・
だから最初に病気のことを聞いてからも、心配もしてなかった。いなくなるなんて全然思っていなかった。
「アナタから教わったダイビングの色々を、ずっと守って潜り続けていく」って、今は約束が出来なくてごめんね。
このOceanLineにもいっぱいいっぱい登場してくれたね。

ありがと、大好きだったよ。
彼との出会い
最後に一緒だったダイビング
彼にもらった沢山のもの

そして・・・彼が書いてくれた姐のハナシ


いつかまた、水中で彼の姿が見られないことを実感するのだろうか。
想像するだけで、つらい・・・
OceanLinerの皆さま、大変、大変、長い間ご無沙汰しており、ごめんなさい。
「自分がおばあちゃんになって潜れなくなったらニヤニヤ見るためにつけているログ」と言いながら、やっぱり、このOceanLineを通して知り合いになったり、実際に海で声をかけてもらったり、ネタが話題になって盛り上がったり・・・

そんな事を思うと、「いつ大島に着くんだよぉ〜」なんて声をかけてもらったりすると、ホント申し訳ない気持ちです。


年が明けたら、また、再開します!約束っ
2007年総決算も発表です


みなさま、よいお年をお迎えください。
今年も一年、姐とOceanLineを可愛がってくださって、ありがとーございましたぁぁ